フランス・オーベルニュ地方のホテル併設のレストラン「セルジュ・ヴィエラ」さんが闘病のあと死去されました。
2005年には、フランス料理のコンクール「ボキューズ・ドールBocuse d'or」にフランス代表として出場、優勝した若きエースでした。
ミシュラン2つ星の「セルジュ・ヴィエラ」シェフが46歳で死去
2005年のボキューズ・ドールで優勝したセルジュ・ヴィエラ、シェフは、フランスの美食界で一流の名前として確固たる地位を築きました。
その後、2010年に初めてミシュランの星を1つ獲得し、2010年には2つ目の星を獲得していました。
家族によって告げられた、シェフの死
家族によって告げられた、シェフの死です。 7月1日(土曜日)、わずか46歳でした。
シェフは「病気との長い戦い」に敗れたと、親族は声明で述べていました。
セルジュ・ヴィエラ、シェフの年表
セルジュ・ヴィエラ、シェフの略年表です。
1999年-2003年:レスペランス(サン=ペール=スー=ヴェザレイ)でシェフ・パルティとして働く
2003年-2005年:シェフのレジ・マルコンが経営するラ・オーベルジュ・デ・シム(サン=ボネ=ル=フロワ)でセカンドとして働く
2005年:27歳でボキューズ・ドールで優勝
2009年:セルジュ・ヴィエラと奥さんのマリー=オードは、ショード=エーグのシャトー・デュ・クフールにレストランをオープン
2010年:ミシュランガイドで最初の星を獲得
2012年:ミシュランガイドで2つ目の星を獲得
2018年:ショード=エーグの村に位置するビストロノミックレストランのソダードとホテルをオープン
2019年:ソダードレストランにミシュランビブグルマンを受ける
2021年:マリー=オード・ヴィエラに対してミシュランサービス賞を受ける
2023年:セルジュ・ヴィエラが46歳で亡くなる
セルジュ・ヴィエラ、シェフの挑戦
元々は1977年にクレルモン=フェランで生まれたシェフは、料理の道に進みます。
20歳のとき、プイ=ド=ドーム県のシャマリエールでドミニク・ロベールの元で修業中に、オーヴェルニュ=ケベックの「最優秀若手シェフ」コンテストで初めての優勝を果たしました。
それから8年後、2005年名誉あるボキューズ・ドールで優勝。
この2つのコンテストの間に、彼はクレルモン=フェランのベルナール・アンドリューのもとで経験を積み、次にシノンのマルセイ城に行っていました。
そこで奥さんとなるマリー=オードさんと出会い、数年後に結婚をしたのです。
1999年には、イヨン県のサン=ペール=スー=ヴェザレイにある3つ星レストラン「レスペランス」でパートのシェフとして働き始めます。
シェフはそこで4年間過ごした後、2003年にオート=ロワール県のサン=ボネ=ル=フロワの「ラ・オーベルジュ・デ・シム」にセカンドとして参加します。
その後ボキューズ・ドールに参加し、その成功を収めました。
この勝利の名声を利用して、オーストラリア、日本、モーリシャスなど世界中を旅する機会を得ました。
「セルジュ・ヴィエラ」シェフとオーヴェルニュ
オーヴェルニュ地方に移り住むことになったシェフには、レストランのオープンにあたり計画をねったのです。
レストランを開くにあたり、調査を行い、オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏にはミシュラン星クラスのレストランがほとんど存在しないことがわかったのです。
それとわかっていたことは、多くの高級レストランは「難しい」場所にあります。
成功した人がいるなら、自分たちもできるのではないかと考えた、シェフと奥さんでした。
大きな驚きは、レストランがオープンした瞬間からうまくいったことでした。
新しいスタッフを募集し、順調なスタートをきり、フランス人客が80%であり、それは素晴らしいことで、通常は1年に何度も訪れる人々だったからです。
オーヴェルニュ地方は、まるでニュージーランドにいるかのような感じです。
料理の食材は、その土地と地元の食材に基づいており、食材のほとんどは溶岩の流れの上で育てられたり栽培されたりしています。
また、オーヴェルニュ地方に移り住むことでは、他の星付きレストランとあまり近くなく、他の星付きレストランと競合しないことを意味していました。
カンタル県には二つ星のレストランは存在しませんでした。
その後、同じアプローチで村にSodadeをオープンしました。競合するのではなく、むしろ多様性をもたらし、県を活気づけることが目的だったということです。
まとめ
若くして亡くなった「セルジュ・ヴィエラ」シェフです。
7月1日からフランスではニュースになり、フランス料理界の一人の若い死をずっと報道していていましたので、このSakurakoブログでも取り上げました。
幸いなことに、これからもシェフのレストランは家族で切り盛りしていくということです。
いつか行ける機会を見つけたいと思っています。